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インタビュー
音楽における 1/f ゆらぎ分析の理解
小松 明 ボディソニック(株)研究開発センター
インタビュアー 田中正道 日本バイオミュージック研究会事務局
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| 1991年8月 日本バイオミュージック研究会誌 Vol.61) . |
田中 音楽療法が社会的に脚光を浴び、音楽にはこんな接し方もあったのか…というのが大方の人の率直な心情ではないでしょうか。そして音楽は、医療現場にも導入されています。全く新しいケア的アプローチを示唆したといっていいでしょう。
こうした音楽療法に対する現実と期待は、同時に様々な方法で音楽に対するアプローチを活発にさせたともいえます。
その中でも音楽を分析する方法の 1つとして 1/f (えふぶんのいち)分析がα波分析と並んで一般の人たちの間で話題になることが多いようです。研究会の事務局への様々な問い合わせの中にも、この1/f ゆらぎの問題は多くあります。今回はこの 1/f ゆらぎについてその実態や理論構築の基礎などについて分かっている範囲でアプローチしてみます。
1/f ゆらぎとは音楽と人間の関係を分析したものを言うのか、
音楽そのものを分析したものか
田中 まず 1/f ゆらぎ とは、どのような状況をいうのか、それは人間と音楽の関係をいっているのか、あるいは、音楽だけの成分を物理的に分析したものなのかを中心に分かり易く教えていただけますか。
小松 いきなり 1/f ゆらぎを物理的・科学的にアプローチする前に、私達の身近な環境で1/f ゆらぎを示すものをいくつか紹介して、本題のアウトラインを掴んでもらいたいと思います。
●そよ風に例えると
小松 そよ風に例えて云えば、自然のそよ風は一定の強さではなく、ゆらぎがあります。強くなったり弱くなったり、徴妙に変化しながら揺らいでいるわけです。その変化は、私達の期待、予測どおりに変化することもあれば、期待に反した強弱を繰り返すこともある。これは期待性(規則性)と意外性が桔抗した状態といえます。
こんな状態を数値化しスペクトルで表してみると、1/f ゆらぎになっています。こうした強弱の適度なゆらぎの状態が、私達に心地よさを感じさせる要素のひとつになっているといえるでしよう。
●心臓の鼓動を見ると
小松 では人間の鼓動を例にとってみます。鼓動は割合正確に刻んでいますが、きちんと測定すると早くなったり遅くなったりの、ゆらぎがあります。数値化するために鼓動と鼓動のあいだの時間を次々と測定しプロットしていきます。
こうして数百ぐらいのデータを取り、プロットさせたデータ曲線をフーリエ分析すると、その波形を構成する周波数成分の多数のサイン波コサイン波に分解することが出来ます。これをスペクトルで表すと、1/f ゆらぎ特性を示すと言われています。
鼓動にゆらぎがあることをさらに突き詰めて行くと、細胞にも1/f ゆらぎがあることが解りました。脳では、多数の神経細胞が脳に集まり、信号処理をするわけですが、ゆらぎを巧みに利用して処理しているらしいことも解ってきたそうです。こんなことから1/f ゆらぎが心地よさを感じさせるのは、生理的に受け入れ易いのだろうと考えられるわけです。
1/f ゆらぎ理論で有名な武者教授は 『現在の私達が、時代も環境も人種も宗教も文化的背景も違うモーツァルトの曲を聴いて感動するのはどうしてなのか。価値判断のスタンダードは何か。どこかに良い悪いの共通点があるからこそ、芸術作品が残っていく。私はそのスタンダードは生理現象にあるだろうと考えています。最近の私達の研究で生体リズムのゆらぎが1/f ゆらぎであることが分かり、その謎が解けました』 と言っています。
音楽に 1/f ゆらぎがあるのも、そのスタンダードは生理現象に行き当るということでしょう。
●フーリエ分析とは
田中 初歩的な質問になって恐縮ですが、フーリエ分析とは何ですか。
小松 数学の「フーリエ級数」による分析です この数学を使うと沢山の高調波や周波数成分をもった複雑な波形も、その波形を構成する周波数成分の多数のサイン波コサイン波に分解することが出来ます。これが「フーリエ分析」です。
こうして分析したものをスペクトルに表すとその性質が分かり易くなります。音響関係では「周波数分析」と呼んで測定に応用されています FFT(高速フーリエ分析)などもその例です フーリエ分析は複雑な計算を沢山やらなければならないので、コンピュータによって行います。
●スペクトルとは
田中 次ぎにスペクトルについて説明してください。
小松 スペクトルはいろいろな表し方があり、詳しく説明すると大変なので誰でも知っている太陽の光のスペクトルから話しましょう。
太陽の光をプリズムで分けると赤橙黄緑青藍紫の虹の七色になることは良く知られていますが、これが光のスペクトルです。光の色は波長(周波数)に対応しています。これは太陽の光が、総ての色の光を均等に含んでいることを表しています。
星のスペクトルを調べて、まだ行ったことのない星の原子や物質の成分が分かるなどの話も聞いたことがあると思います。このようにスペクトルに表すといろいろな性質が分かり易くなります。
田中 我々の知っている範囲で実はあれもスペクトル分析しているという事実は他にどんなものがありますか。
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図1 太陽の光スペクトル |

図2 ステレオも周波数別に光のレベルであらわしている |
●楽音(楽器の音)のスペクトル
小松 最近のステレオセットで高い音や低い音など周波数別に光のレベルでチラチラ表示しているものを見かけますが、あれも簡単な周波数スペクトルの一種です。
そのほか音楽の1/f ゆらぎとも関連のある楽器の音のスペクトルは如何ですか。
田中 インタビューの目的のひとつもそこにありますので、是非。
小松 音楽を構成する楽器の音、「楽音」は、まったくの正弦波(純音)だけの音というのはあまり無く、多くは高調波(倍音)を含んでいます。440Hzの 「ラ」 の音を、ある楽器で出したとすれば、その音は440Hzだけでなく、2倍の880Hz、3倍の1320Hz、4倍、5倍…という様に、たくさんの高調波が含まれています。
ずっと高い方まで含まれているものもあれば、そうでないものもあります。これが音色を決める重要な要素です。
クラリネットの音は3倍5倍7倍…など、ほとんど奇数次高調波ばかりで独特の音色をもっています。楽音を分析して周波数スペクトルで表すとその楽器の音色の特徴が分かり易くなるわけです。
楽音をスペクトルで表すと、それぞれの倍音の位置に、それぞれのレベルに応じた高さの線が立ちます。楽音の場合にはそれぞれの楽器の特性に応じた倍音列の線スペクトルになるわけです。
図3 楽器のスペクトル
田中 そのことと1/f ゆらぎとはどんな関係があるのですか。
小松 高次の高調波成分レベルの多いヴァイオリンの音と、高調波成分の少ないフルートの音では、同じラの440Hzでも波型が異なり、波形がゼロクロスをする回数をカウントすると、ヴァイオリンの方が数倍高いものになります。このことは後で「楽音のゆらぎ」 として触れますが、1/f ゆらぎ測定の要素になります。
それと、こうした整数の倍音列スペクトルを持つ 「楽音」 は、ピッチの識別ができることが大きな特徴です。つまり耳で聴いたとき、ドレミファソラシドが聴き取れるわけです。
同し楽器でも打楽器の場合はピッチの分からないものや不明瞭なものが多くなります。シンバルやマラカスなどピッチが分かりませんし、ボンゴや小太鼓など大小いろいろある太鼓類も概してピッチが不明瞭です。こうしたものは整数ではない倍音成分を持ったスペクトルになるわけです。
代表的な雑音信号であるホワイトノイズやピンクノイズの場合は、隙間なくどの周波数成分もまんべんなく含まれており、連続スペクトルになります。先ほどの楽音との対比でいえば、連続スペクトルを持つ音は、ピッチの識別ができません。
田中 本題の1/f ゆらぎのスベクトルはどうなるのですか。
小松 これも連続スペクトルになります。これから話の主題になる音楽などの 「ゆらぎ現象」 は非常に周波数が低く、分析にプリズムは使えないので数学的手法の、フーリエ分析をするわけです。ゆらぎ現象を表すスペクトルは単位周波数あたりのエネルギー密度で表すので、正確に言うと 「パワースペクトル密度」 なのですが、一般的に物理の分野では単にスペクトルと呼んでいます。
スペクトルの性質を表す自己相関関数や予測などの話はここではやめて、スペクトルがいろいろなことを分かり易く表すものだと理解してください。ゆらぎのスペクトルは、ゆらぎの性質を分かり易く表すわけです。
●1/f ゆらぎの f は frequency の頭文字で周波数のこと…
では 1/f の1は? λ(ラムダ) はゆらぎの性質を表す指数
小松 数式的には P=1/f
λ で表されます。Pはパワー、f は frequency の頭文字で周波数を表します。1は分数 1/f の分子で、1/f は周波数の逆数ですから周波数が倍になると、パワー P は1/2(半分)になる。周波数が 10倍になったらパワーは 1/10になる…といった関係です。横軸に周波数、縦軸にパワーをとり両対数グラフで表します。
図4を見てください。横軸の周波数 1Hz 前後のあたりのパワーが高くなるとスペクトルは水平方向に近づきます。つまりλの値が小さくなります。逆の場合はλの値が大きくなります。
λは指数で 1/f は 1/f
1のことです。f
1=f だからです。このλはゆらぎの性質を表す重要な指数です。
田中 λとゆらぎの性質の関係は?
小松 λが2の場合は、変化の少ない単調な1/f
2ゆらぎとなります。もしこれが音楽なら刺激の弱い単調な音楽になる1/f
2ゆらぎ傾向の音楽です。λが1より大きくなる程、この傾向が強まります。弛緩を生じ、安堵と休眠に導くともいわれています。
田中 スペクトルグラフの上では傾きが60度ぐらいになっていますね。
小松 λが1の場合は、規則性と意外性がバランス良くとれている1/f ゆらぎを表します。1/f ゆらぎの音楽は、期待性と意外性が桔抗した、適度な相関性と適度な変化のバランスがとれた音楽ということになります。覚醒状態で最も精神の安定が得られる状態ともいわれています。
田中 これは良く知られた45度の傾きですね。
小松 λが0の場合は、規則性のまったくない刺激の強い1/f
0ゆらぎということになります。
λが1より小さくて0に近付く程、音楽は刺激の強いものになります。緊張と興奮を生じる情動反射を誘発する性質があるともいわれています。
田中 これは水平になるわけですね。ところで I/f ゆらぎの研究というのは音楽の研究から始まった…。
図4 1/f ゆらぎスペクトル
●1/f ゆらぎ、研究の発端は雑音から始まった
小松 そもそも 1/f ゆらぎは、電子デバイスである抵抗や真空管、トランジスタなどの半導体などには熱雑音やフリッカ雑音など、あまり有って欲しくない 「電子のゆらぎ」 が存在します。この雑音を無くそうと解明に取り掛かったのが研究の始まりです。
雑音という概念はいろいろな定義の仕方もありますが、目的の信号以外の信号を雑音とします。何を求めているか、その求めているもの以外のものを雑音と定義しているわけです。ホワイトノイズやピンクノイズは代表的な標準雑音信号で、測定用に使われています。
ホワイトノイズやピンクノイズは、どの周波数成分も隙間なく、まんべんなく含まれており、連続スペクトルになる訳ですが、そのスペクトルをみるとホワイトノイズは高い周波数成分も低い周波数成分も均一に含まれているので P=1/f
0 =1であり、周波数に関係なくパワーが1になるので水平になります。ピンクノイズは周波数に逆比例して高い周波数の成分が少なくなっていくので、1/f
1すなわち 1/f となり 45度の傾きを示します。1/f ゆらぎの、ゆらぎ現象のスベクトルも連続スペクトルです。
●身近なホワイトノイズ
田中 ピンクノイズ、ホワイトノイズについてもう少し詳しくお願いします。
小松 TV放送が終って電波が切れると、雪が降るような画面になり、シャーとかザーといった雑音になりますがこれがホワイトノイズに近いものです。またFM放送の局間ノイズは、よりホワイトノイズに近いです。
【注】デジタル化以降のTVではホワイトノイズとは異なる。
これはある専門誌に書かれていて気になったことなのですが、「ホワイトノイズが不快な音に感じられるのは 1/f
0なので不快なのだ」 と云うのです。この伝で云えば 「ピンクノイズは1/f なので快い」 ということになりますが 「ゴー」 という感じのピンクノイズも 「シャー」 という感じのホワイトノイズと同じ様に不快な雑音であることは、音響測定でピンクノイズを使っている人はよく知っていることです。これはなぜかといえばホワイトノイズは 1/f
0ゆらぎそのものであり、ピンクノイズは 1/f ゆらぎそのもので、さまざまな現象・事象のゆらぎとは区別されます。
ここでいうゆらぎは、ゆらぎ現象であり、ゆらぎ成分を分析したスペクトルが 1/f になると云うことであって、1/f ゆらぎそのものであるピンクノイズなどと区別しなければなりません。
この誤った論法でいく と1/f
0ゆらぎの元祖とも云うべき太陽光=ホワイトノイズは耐え難い不快なものと云うことになってしまいます。しかし太陽光こそは地球上のエネルギーの源泉であり、生物を育んだものであることは誰もが知っているところです。
1/f ゆらぎ理論は、一般の人にとってなかなか理解の難しいところがあり、こうした誤解が専門誌などでも表れたりしているので、注意を要するわけです。
1/f ゆらぎは研究が進むにつれて原子、水晶振動、結晶の格子振動、液体、地球の自転、自然現象、生物などなど森羅万象に及んで、いわゆる名曲と言われるものにも1/fゆらぎを示すことが分かってきたのです。これは興味ある素晴らしい発見と言えます。
田中 非常に素晴らしい発見であることは誰しも同じ思いでしょう。ただ気になるのは 1/f ゆらぎを示せば、その曲が名曲であるという逆説は証明できないのではないでしょうか。
まったく個人レベルで言えば 「1/f ゆらぎを示す曲です」 と紹介されても自分にとって馴染みのない曲はかえってストレスになるし、馴染みのある曲でも聞きたくないものもあります。また、音楽ジャンル、作曲家、楽器、歌手なども重要な要素になります。
小松 「名曲とは」 の定義も難しいですし、個人の音楽の嗜好は如何ともし難いですし。
●名曲は総て1/f ゆらぎ特性を示す?
田中 以前から聞こうと思っていたのですが、名曲でない曲は、1/f ゆらぎではないのですか?
小松 そんなことはありません。芸術性のあまり高くない曲や、あまり知られていないような曲でも 1/f ゆらぎを示す曲は沢山あります。また、クラシックの名曲と呼ばれる曲は全て 1/f ゆらぎかというと、そうとばかりとは云えません。
渡辺茂夫氏がバイオミュージック研究会誌 Vol.1 に発表したデータによれば、λの値が 0.5〜1.75 に分布しています。ただ 1〜1.25 が最もパーセンテージが高く、やはりクラシックは 1/f
1〜1.25 つまり 1/f ゆらぎ辺りの曲が多いことになります。
田中 歌謡曲ではいかがですか。
小松 歌謡曲は、そのデータによれば、入の値が 0.26〜1.25 ぐらいに分布していて 1/f ゆらぎの曲もあります。しかし 0.51〜0.75 が最もパーセンテージが高く、歌謡曲ではクラシックよりは刺激の強い 1/f
0.51〜0.75ゆらぎの曲が多いデータとなっています。
田中 ではロックでは如何でしょう。
小松 ロックでは、λの値がさらに小さくなり、0.01〜1 ぐらいに分布していて、これにも 1/f ゆらぎの曲もあるわけですがλ=0.26〜0.5 が最もパーセンテージが高く、歌謡曲よりさらに刺激の強い 1/f
0.26〜0.5ゆらぎの曲が多いデータとなっています。
田中 全体的な感じは分かってきましたが、何をどう測定分析しているのか分からないので、今ひとつピンとこないのですが。
●音楽のゆらぎと関連のある 「楽音(楽器の音)のゆらぎ」
小松 測定方法を説明する前に、音楽の 1/f ゆらぎに深い関連を持つ楽器の音などのゆらぎについて触れておきましょう。前に話した・楽音のスペクトルとも関連します。
例えば、鼓は「ポンッ」という一瞬の短い音ですが、何ともいえぬ潤いや響きを感じさせる味わいのある音です。鼓の皮は手で打たれると、一瞬たわみ、押し込まれて直流成分に近い空気のゆらぎと共に急激に立ち上がる「ポ」の音が出ますが、鼓の皮は手で打たれ引っ張られているので一瞬ピッチが高くなります。次の瞬間には皮はもとの位置に近付き定常状態の音になり減衰して消えていきます。このように一瞬高い音になり定常状態の音になる周波数のゆらぎが鼓の味わいのある音を創り出すのです。一瞬のことなのでピッチの高低変化は感じないで、音の澗いや音色感として感じられるのです。
弦楽器でも管楽器でも同じ様なことが起ります。こうした音のゆらぎは、それぞれの楽器に特有のものがあり、それぞれの楽器の音色感を特徴づけています。
田中 もしゆらぎが無かったらどうなるのですか。
小松 ゆらぎが無かったらつまらない音になってしまいます。初期の頃の電子楽器はゆらぎのない音が多く、不自然で電気臭い感じがしました。つまり、この一瞬のゆらぎが、自然感や快さを感じさせ、その音を特徴付ける重要な要素になります。
田中 ゆらぎと言えば、音楽ではよく ビブラートを付けますが、これはどうなのですか。
小松 ビブラートは周波数を少し高くしたり低くしたりを繰り返し、ゆらぎを付けるのですが、これによって音に潤いを与えたり、音楽表現を豊かにし、魅力的にすることは良く知られているところです。しかし、電気的に行う一定不変の機械的なビブラートでは音楽的とは言えません。曲趣に合わせてビブラートも早く、遅く、深く、浅く徴妙に変化させながら付けることによって、良い音楽表現になるわけです。これも、1/f ゆらぎの要素といえるでしょう。
分析法 曲の周波数がどのように変化しているかを分析する
田中 そろそろ分析方法の話に移らせてください。初歩的な質問をします。例えば演歌ですが殆どの場合1番から3番迄を歌い終えるまで3〜4分です。これは演奏を分析しているのか歌手の歌を分析しているのか、それとも全てをミックスしているのか教えてください。
また、クラシックでもモーツァルトを例に引いて云えばクラリネット協奏曲という私が個人的に好きな曲があります。私の持っているCDによれば、第1楽章が12分、第2楽章が7分、第3楽章が9分半からなっています。当然のことながら各楽章によりまったく楽趣が異なります。乱暴な言い方をすれば、眠くなる部分あり、軽快でリズミカルで躍動的楽章もあります。加えてその楽章の中でもこれまた鎮静的、刺激的など様々です。
このように一曲の中でも楽章によってまったく異なり、且つ長時間です。演歌、クラシック、このように異なる曲をそれぞれどのように分析しているのですか。特にクラシックの場合、どの部分が中心になるのでしょう。
小松 まず分析法を説明します。分析する音楽の演奏を録音したテープ、レコードなどを再生し、再生された 20〜20000Hz の信号を 25ms ごとに区切ります その区間で波形が何回ゼロクロスするかカウントし、その 1/2 をその区間の平均周波数とします。このようにして連続的に音楽の最後までデータをとります。データはAD変換器で連続的にコンピュータに取り込みますので、データ数は1秒間で40個、3分の曲では 7200個になります。
このデータをコンピュータでフーリエ分析して、スペクトルに表すわけです。そしてこのスペクトルから、1/f ゆらぎか、そうでないかなど、ゆらぎの性質を読み取ります。
取り込む音楽は生の音でもよいのですが、分析する都合からリアルタイムでは難しいので、録音テープなどを使用するわけです。
歌謡曲の場合はだいたい全曲を分析することになるでしょう。先ほどの、モーツァルトのクラリネット協奏曲でいえば、各楽章ごとのゆらぎを測定する場合もあれば、全曲を通して測定することもあるでしょう。あるいは、音楽的に一区切り出来る部分を分析することもあります。
この曲の第1楽章と第3楽章はλが 1 ぐらいでしょうけれど、第2楽章はわりと単調で眠くなるような曲ですから、入が 1.3〜1.4 ぐらいになる様な感じがしますね。測定しないと分かりませんけど。
●1/f ゆらぎが分析する要素
田中 すると楽譜上の特徴、例えばメロディラインとか和音とか、それぞれの楽器が持つその楽器特有のゆらぎなど全てミックスしてしまうと言うことですか?
小松 そうです。この分析方法によれば、楽曲の旋律によるゆらぎ、和音の変化によるゆらぎ、楽器特有のゆらぎ、演奏者によるゆらぎ、音色の変化によるゆらぎ、楽器の違いなど、諸々のゆらぎ要素が総合的に分析されることになります。
田中 楽譜上から分析した方が合理的なようにも思えるのですが…。
小松 譜面上ではヴァイオリンでもフルートでも「ラ」の音は440Hzですが、先ほどの測定方法によりますと、音色の違い、つまり倍音構成の違いからヴァイオリンでは数倍の高い周波数にゼロクロスカウントされる可能性があります。一方、フルートでは440Hzに近い周波数にゼロクロスカウントされます。
例えばヴァイオリンがラの音を出し、次ぎにフルートの音がラの音を出した場合、譜面上では周波数変化が無いのでゆらぎは無いことになりますが、実際の演奏ではゼロクロスカウント周波数が変ることになり、ゆらぎが出てくる訳です。音色が違って変化すれば、ゆらぎが有ったとする方が、物理的にも人の感覚的にも合致するわけです。
基本的には楽譜は音楽を記録するための一種の記号、覚書であるということです。従って、譜面上の音楽は、楽器特有のゆらぎ、演奏者によるゆらぎ、音色の変化によるゆらぎなどは含まれず、耳に聴こえる生きた音楽ではないということでしょうね。武者教授も言っておられますが、楽譜上のピッチを周波数に換算して分析しても、1/f ゆらぎにはならないそうです。
●演奏中のミスタッチ
田中 そうですか。では次に素朴な疑問なのですが、1/f の本には書かれていないので質問するのですけど、演奏中にミスタッチがあった場合はどういうことになるのですか。
小松 質問が変化球になってきましたね。まあ分かり易く単純計算をしますと、演奏の途中でミスタッチがあって、そのミスタッチの時間が1秒であったとします。さきほどのモーツァルトのクラリネット協奏曲の第1楽章であれば、12分ですから720秒、従って28800個あるデータの中の40個のデータの数値が少し変ってくる可能性はあるわけです。
これはパーセンテージ的に云えば 0.14%程度の違いがデータに表れる可能性がありますが、この程度の差はスペクトルから読み取ることは不可能でしょう。
良く知られた旋律などでのミスタッチは聴いていると目立ちますが、この分析は本質的に演奏の巧拙を分析するものではないと言うことです。
●λの値が小さくなり易い曲 ロックはなぜ1/f
0傾向なのか
田中 なるほど、かなり音楽の 1/f ゆらぎの実体が見えてきた感じです。では、ついでに聞きますが、ロックミュージックなどは何故 1/f
0傾向が多くなるのですか。刺激が強いからそうなると言われますけれど、もっと具体的に説明した話を…。
小松 ウーン、益々変化球の質問ですね。ひとつ、原理的に考えられることは、ドラムスとか、リズムセクションと呼ばれる楽器の多用があります。バスドラムのようにごく低い周波数で、高調波の少ない楽器と、シンバル(ハイハット)の様に周波数が高く高調波の多い、従ってゼロクロスカウント周波数が高い楽器が激しく交互に打ち鳴らされると、交互に打ち鳴らされる度に、大きな周波数変化となり、速い周期で非常に大きなゆらぎが起こります。
従ってこの様な曲では、スペクトルの1Hz前後辺りでゆらぎの周波数成分のパワーが、とても高くなり、
図4で説明したスペクトルは水平方向に近づいていきます。
音楽のゆらぎでは、長いメロディラインの周期から生じる、長い周期のゆっくりとしたゆらぎに比べると、1Hz 辺りはゆらぎの高い周波数部分です。このため、1Hz 辺りのパワーが増えるとスペクトルは 1/f ゆらぎの 45°ではなく、水平方向に近付いて、1/f
0傾向となり、λの値が小さくなります。前に説明した 図4 をもう一度見てください。そしてλがゆらぎの性質を表す重要な指数であることの説明も思い出してください。
田中 なるほど…… それが刺激が強いといわれていることの実態……
小松 最近のロックミュージックやポピュラーミュージックのλが小さいのは、このことと深い関係が有ると考えられるわけです。歌謡曲でも昔の曲は、今の歌謡曲の様にバスドラムとシンバルが多用されておらず、クラシックの曲と楽器編成が似ていて、おとなしい感じでしたから、昔の歌謡曲の方が 1/f ゆらぎが多かったと考えられます。昭和30年代頃の 「有楽町で逢いましょう」 は 1/f だそうですが、その例と言えそうです。
田中 そうですか、「有楽町で逢いましょう」 の例を聞いて感じが分かってきました。
小松 ですから、ロックの曲でもバスドラムとシンバルの使用を控えて、クラシック音楽と似た様な楽器編成にすれば、1/f ゆらぎが増える可能性が有ります。もっとも、こんなことをしたらロックの良さはすっかり失われてしまい、音楽的には本末転倒でロックファンから怒られてしまいますが…
こうしたことから理論的にいえば、「音楽的には陳腐で価値は低くても、きれいな 1/f ゆらぎ特性を持つ音楽」 を作ることが、可能性としては有り得るわけです。
田中 なるほど、そうですか。1/f ゆらぎの裏事情を聞いてしまったような感じですね。
小松 うまく誘導尋問にのせられて、あちこちから非難されそうな、どうも差障りの多い話をしてしまいました。
統計物理学的視点から捉えた指標
1/f ゆらぎ現象は数多く存在するが、音楽の1/f ゆらぎは少し特別な存在
田中 さて時間も迫ってきましたので 1/f ゆらぎについてのまとめをお願いします。理想的な 1/f ゆらぎスペクトルの曲であっても、聴く側の誰でもが同じ様な心地よさを誘うとは必ずしも言い切れない…
小松 音楽美学や個人の嗜好に関わる問題は いろいろあり、本題から外れた方向に行ってしまうでしょうから、ここでは論じきれません。しかし個人個人の好みについては、音楽療法の現場では重視して対処しているようですね。
田中 その他に音楽に客観的にアプローチする方法として、音楽を聴く前と後の血圧、脈拍、呼吸数、皮膚抵抗、筋電図など所謂バイタルサインがあります。これはいわば音楽を聴く側のデータであり、1/f ゆらぎ分析は音楽そのものを分析したデータだといえますね。
小松 その通りですね。音楽に於ける I/f ゆらぎは、「統計物理学的視点から捉えた客観的な指標」 として注目され、高く評価されるものです。
しかし注目され高く評価され関心が高い一方、理解が難しいこともあり過大な期待も持たれて、音楽芸術を評価する決定的な指標であるかのような、そうした誤解の様なものを生んでいる雰囲気を感じるのが気掛かりなところです。
田中 同感です。その辺を知りたくて、変化球で困らせるような質問もしてしまいました。
小松 1/f ゆらぎ現象は数えきれない程さまざまなものがありますが、その中で
音楽の1/f ゆらぎは少し特別な存在と言うべきでしょう。と言うのは、音楽芸術はあまりにも多くの要素、様々な側面があり、この統計物理学的視点からの測定方法が、これら多くの要素、側面を総て網羅することは到底不可能と言うべきであるからです。もとより、この指標はその研究の過程からも察せられるように、そんな大それたことを目論んでいる訳ではない筈です。
言うまでもないことでしょうけれど、この指標が音楽芸術を総て捉えているわけではなく、音楽に於ける重要ではあるが 「ある側面の、ひとつの指標」 と理解するべきでしょう。1/f ゆらぎという 「ひとつの指標だけ」 で音楽の価値を決めたり、総てを論じることは当然、無理な話です。
田中 そうですね。
小松 これは私見ですが、もし仮に 1/f ゆらぎが音楽の総てを捉えるのだとしたら、その測定方法「25msごとに区切り、その区間で波形が何回ゼロクロスするかカウントし、その 1/2をその区間の平均周波数とする」 は、あまりにも荒っぽいものであると言わざるを得ません。音楽の特質や和声学的考察からも、とても気になるところです。
もっともこれは 「もし仮に」 の話であり、論議にはならないことを、誤解を避けるためにお断りしておきます。
田中 良く解りました。日頃疑問に思っていたことが納得できた感じです。
●1/f ゆらぎは適正な評価を
小松 ただ、最初にも話したように、鼓動にも細胞にも 1/f ゆらぎがあり、生理的に受け入れ易いものであること。音楽に1/f ゆらぎがあるのも、生理現象に行き当る可能性が有ること。1/f ゆらぎは 「統計物理学的視点から捉えた客観的な指標」 として注目され、高く評価されるものであることに変りありません。
当り前な言い方ですが、過大にもならず過小にもならない適正な評価をすべき、というところでしょうか。
●快さの条件 エネルギーレベルも重要
田中 インタビューの最初の部分で、1/f ゆらぎを示す例として、そよ風を取り上げてお話し頂きましたが、快さの条件としてエネルギーの大きさの問題がクローズアップしてきそうですね。
小松 そうですね。そよ風は、風量も温度も人にとって優しいエネルギーレベルであるから快いわけです。いくら 1/f ゆらぎで揺らいでも、強風でとても寒ければ心地よくはないでしょう。音の場合でも、ほどよい音の強さの範囲があると思います。波の音、せせらぎ、小鳥のさえずりなどでも音量が過大であれば苦痛になるでしょう。
快いためには、適度な音量であることが重要な条件となります。海辺の家に泊ったら、潮騒(波の音)で落ちつかず眠れないとか。川辺の宿で川の流れの音が気になって仕方がないなどと言うこともあるでしょう。
田中 小鳥のさえずりにしても、耳もとで、のべつピーピー鳴かれては耳が痛くなり快さを感じるどころではないかも知れませんね。
ボディソニック(体感音響装置)の1/f ゆらぎ
田中 ボディソニックと 1/f ゆらぎとの関係で何か特筆すべきことがありますか?
小松 ボディソニックの振動は入力される音楽によります。従って、基本的には音楽の特性によるのです。 しかし、ボディソニックは 150Hz以下の信号を取り出して、体感音響振動に換えますので、例えばロックミュージックの場合で 1/f
0ゆらぎに近い刺激の強い音楽であっても、バスドラムやエレキベースなどの低音部分が主になるので、音楽全体よりは、遥かに単純−単調になり、刺激は弱まります。このためボディソニックは、覚醒状態で最も精神の安定が得られるという 1/f ゆらぎ的振動になる可能性が高いのです。
歌謡曲の場合は、低音部分はもっと単純なので 1/f
2ゆらぎに近い振動になる可能性もあります。弛緩を生じ安堵と休眠に導くような振動になる可能性もあるのです。たとえ音楽が 1/f
0ゆらぎに近い刺激の強いものであっても、快くなってリラックスするのはこのためだとも考えられます。
ボディソニックで快くなり眠ってしまう人が多いのも、こうした理由によるわけです。このことがりラクセーションに関与する一つの要因だと思います。
田中 1/f ゆらぎについて興味あるお話を有難うございました。私のような物理的科学的頭脳を持たない者でも、要点だけは理解できた気がしてきました。ひとつの事実について、正確な認識をすることの大変さ、をです。音楽療法がこれだけ社会的に脚光を浴びてきた背景には、音楽療法の持つ響きの良さもさることながら、それだけ、必要としている人達が存在するということでしょう。病める現代人の癒しに、音楽が果たす役割を期待しつつ、このインタビューを終了致します。貴重なご教示を有難うございました。
日本バイオミュージック研究会誌 ’91 Vol.6
リンク 音楽のゆらぎの正体
参考文献
1)小松 明、インタビュア 田中正道:音楽に於ける1/fゆらぎ分析の理解
日本バイオミュージック研究会誌 1991, 8.Vol.6, P17-28
03/12/2
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